瞬く間に時は過ぎ、一週間なんてあっという間に経ってしまった。今日はI.Nさんとの約束の日。埼玉県越谷市まで東京都足立区から出向く。うーん、やっぱり遠い!
電車に揺られ、予め調べておいた乗り換えアプリで最短移動手段を反芻しながら、約束の十分前にレイクタウンアウトレット駅改札口へ到着。 私の目印は、白のレースのフリルトップスに、黒基調の小花柄のロングスカート、黒のサンダル、ブラウンのリボンが付いた大きめのカゴバックだと伝えてある。見れば解ると思うんだけどな。Love Seaアプリを開いて、到着しました、と送った。I.Nさんは黒の七分丈のテーラードジャケット、白のカットソーにベージュのパンツを合わせた服装で行くと言っていた。お洒落カジュアルな感じかな。どんな人なのか、待ち合わせの時間が刻一刻と迫る度に、ドキドキと胸が高鳴る。
初めて会う人だけれど、自撮りの写真通り素敵な人なのかな?
犬好きみたいだけれど、会話、ちゃんとついていけるかな? 幼稚園ではパンツルックが多いからあまりお洒落できないし、初対面の人と会うのだからと、今日は張り切ってタンスから洋服引っ張り出して、お洒落したけれど、変に思われないかな?緊張しながら待つ事十五分。
「あの、すみません」
きた――!
「この駅に行きたいのですが、乗り換えが解らなくて、教えて頂いてもいいですか?」声を掛けて来たのは、初老の男性だった。まさかこの人がI.Nさん――なワケないか。乗り換え方法聞いているもんね。
「はい」
見せられた地図を見て、乗り換えの為に降りる駅を教えると、どうもありがとう、と会釈された。
なんか拍子抜け。そしてまた緊張感を持って待つ。待つ。待つ。
三十分待った。 でも、彼は現れない。四十分。
五十分。 一時間…。その間にLove Seaアプリで何度かメッセージを送ったけれど、返事がない。なにかあったのかな?
午前十時を過ぎたので、I.Nさんに誘われたイベントが始まったけれど、ひとりで行っても仕方ないし、なんかもしかして、からかわれた?
一時間も待ったし、もう、いいよね。
気合入れてお洒落してきたのに、なんか、馬鹿みたい。やっぱり出会い系なんて、素性も知らない人との巡り合わせなのだから、ロクな人間いないのよ。
貴重な休日に一時間も待ちぼうけ喰らわされたので、買い物する気も失せてしまい、折角遠い所まで来たというのに、私は帰りの電車に乗り込んだ。窓から見える景色を見ながら、切ないため息が零れた。折角の予定が急になくなってしまったのでどうしようかと思っていると、バイブにしていたスマートフォンがブルブルと小さく震えた。Love Seaアプリが着信のお知らせを告げたので、I.Nさんからのメッセージが届いたのかと思って開けてみた。
――やっほー、何してる?(ゆうた)ゆうた君だ!
――実は約束をすっぽかされて、暇になっちゃったトコ๐·°(৹˃ᗝ˂৹)°·๐(M)
――えー、可哀想。゚(T^T)゚。゚(ゆうた)
――共感してくれてありがとう! 今帰ってるトコなんだ。(M)
――折角出かけたのに、勿体ないじゃん。じゃあさ、僕も暇だし、これから待ち合わせて会おうよ!(ゆうた)
メッセージを打つ手が止まった。
I.Nさんと会うつもりだったけれど…ゆうた君と会えるなんて。 なんだか急展開だぁ。でも、そういうのもアリだよね。捨てる神あれば拾う神あり!――じゃあ、是非٩(ˊᗜˋ*)و(M)
――オーケー。準備する! 今どこ?(ゆうた)
――もうすぐ南越谷。(M)
――えっ、埼玉に居るの?(ゆうた)
――うん。(M)
――どの電車乗ってるの?(ゆうた)
――この電車はもう降りるよ。新越谷で、東武伊勢崎線に乗り換えるの。(M)
――えっ、マジ! じゃあ、スカイツリー行こう! 押上駅行きに乗って!!(ゆうた)
わあ、スカイツリーだって!
近隣あるあるだけれど、近すぎて一度も行ってないから、デートには最適かも!――ゆうた君、路線に詳しいね。(M)
――この路線沿いに住んでいるからね。お手モノのだよ。とにかく準備して行くから。また連絡するね!(ゆうた)
ゆうた君のおかげで、しぼんでいたテンションが一気に上がった。I.Nさんからは返事が無いし、からかわれただけと思う事にした。縁が無かったのだと。
歩いて南越谷から新越谷に向かい、間違えないように押上駅で停まる方の電車に乗り込んだ。 心の準備をしていたら、列車はあっという間に目的地へ私を運んでしまった。 ドキドキしているからだろうけれど、掌が汗ばんでいる。手洗いを済ませ、レストルームで容姿をチェック。髪の乱れを軽く整え、リップを引き直していざ出陣。 改札をくぐると、大きく手を振ってくれるカジュアルルックな男性がいた。――ゆうた君だ!彼は私の容姿を知らないけれど、私は彼の容姿を知っている。ああやって手を振っていれば、きっと私が見つけてくれると思っての事だろう。「ゆうた君!」 私は彼に駆け寄り、挨拶した。「Mです、初めまして。今日は誘ってくれてありがとう」「えっ。君が、Mちゃん?」 ゆうた君が目を丸くした。「うん、そうだよ」 初対面の人と会ってお話するなんて生まれて初めての事だから、ドキドキして目線を少し伏せた。気恥ずかしくてまともに顔を見ることができない。「Mちゃん、すげー綺麗でびっくりした! ラッキーって言っていいのかな?」 笑いながらそう言ってくれたので、思わず顔を上げて見ると満面の笑みのゆうた君がいた。 プロフィール画像そのままだ。ふわふわと柔らかそうな手触りの髪の毛、くりっと大きな目、人懐っこそうな雰囲気、そのまま。偽りなく登録し、嘘をつかない正直な人なのだと思った。「じゃ、行こう!」 先ずは腹ごしらえだよね、と、連れて来てくれたのは、何とスカイツリーの近くにあるムーミンカフェだ!「可愛いー♡」 思わずハートマークを語尾に付けてしまう程、店内はムーミンで溢れていた。 入る前からお洒落な店舗外観、溢れるムーミングッズ、壁一面に描かれたムーミンの仲間たち! レイクタウンアウトレット駅でI.Nさんと待ち合わせていた時とは雲泥の差のテンションになり、笑顔が弾けた。「急いで予約したんだけど、早い時間だから空いててすんなり入れて良かったよ」 わざわざ予約してくれたんだ、と急な約束だったのに、ちゃんとエスコートしてくれようとする気持ちが嬉しかった。 現在午前十一時を少し過ぎた所だ。一時間前の悲しい気持ちから一転、ゆうた君のお陰で楽しい気持ちになった。ホント、彼に感謝!「Mちゃん何食べる?」「――あの、眞子です。Mじゃなくて、清川眞子と言います」 名前を知って欲しくてつい名乗ってしまった。…いいよね。ゆうた君、いい人だもん。「そ
「え――っ、ありえなくないですか!?」 月曜日の朝、園に着いてすぐ開口一発。理世ちゃんの文句から始まった。 それは、彼女に日曜日のこと――つまり、I.Nさんが待ち合わせに来なくてゆうた君とデートすることになったと伝えたからだ。「まさかのブッチですか。信じられないっ」 理世ちゃんがめちゃくちゃ憤慨している。「眞子先輩。ちょっとその男のプロフ、見せて頂いてもいいですか!?」「これなんだけど」 ものすごい剣幕なので、私は断れずにLove Seaアプリを開いて理世ちゃんに渡した。「あ――っ、やっぱり!」「どうしたの?」「I.Nさん、アプリ退会してます。急なブッチしたりする人ってワケアリが多いんですよ」「ワケアリ?」「ええ。例えば、奥さんや彼女がいるのに出会い目的で独身と偽ってアプリを利用して、それが伴侶にバレるパターン。それはもう、強制終了ですよ」「きょ、強制終了…」 それは、離婚や別れが待っているということね。「退会までやっているので、今回の場合は違うと思いますが、こういう人もいます。待ち合わせした女性が好みじゃ無かったら、平気でブッチしちゃうんです。あ、眞子先輩は綺麗だから、絶対大丈夫ですけど!」「そっかぁ。やっぱりアプリで素性の知らない人っていうのは、怖いんだね」 胆に銘じておこう。「すぐ退会する人って、意外に自分のSNSの方で連絡ができるようにしているから、多分連絡先突き止められると思うんですよ。ちょっと待っていて下さいね」 理世ちゃんは自分のスマートフォンを取り出し、スゴイ勢いで画面を打ち始めた。トトトト、タタタタ、と画面を高速タップする様子がすごい。一体何をしているのだろうかと、彼女が見せる百面相を近くで見守った。「先輩、I.Nさんってこの人ですか?」 やがてなにか見つけたらしく、画面を差し出して来た。「あっ! そう! この人
「それより先輩、婚活アプリでやり取りしている他の男性はどうですか? やりとり続いていますか?」「うん、。Takaさんは今度ご飯食べにいこうって約束して、来月七夕まつりが終わったら食事をしようと思っているの。玄さんは飲みに誘ってくれたから、場所を聞いて飲みに行こうかと」「へええ…!」理世ちゃんは嬉しそうだ。「眞子先輩がそんなに積極的に同時進行できるなんて、びっくりしました!」「あ、適度にやり取りしているよ。他愛もない話が多いけど。食べ歩き好きだからっていプロフィール見てくれているから、ご飯行こうってTakaさんが誘ってくれて。玄さんは丁度羽鳥さんに酷いお説教されたときに話聞いてくれたし、悪い人ばっかりじゃないのかな、普段繋がっていない分、逆に本音が言えたりするのかなって思ってる」「I.Nは論外ですけど、素性が解らないっていうのはそういう意味でも今の社会には必要なのかもしれませんね」「そうそう。理世ちゃんのお陰でI.Nさんの動向が知れたし、気を付けなきゃって改めて思った。本名はもう絶対に言わないし、相手の事をもっとちゃんと知ってから、自己紹介するようにする」「先輩…眩しいくらい純粋ですね。本当にI.Nに騙されなくて良かったです!」「そうだね。今は却ってすっぽかされて良かったなって思う。正直、犬のイベントなんか行ってもよくわからなかっただろうし、無理して相手に合わせるのはもう止める。これもいい経験だと思って次に生かすよ。理世ちゃんがいっぱいアドバイスくれるから助かってる。ありがとう」 このしっかり者の後輩のお陰で、I.Nさんのことを引きずらなくてすむ。 あのままだと、私が好みじゃなかったからだろう、とか、どこかで嫌な思いをさせてしまったんだ、とか、そういう風に自己否定につながる考えをしてしまっただろうから。「とにかく、残りの三人頑張って攻略しましょう!」「そんな…ゲームじゃないんだから」 愉快な後輩の言い方よ。「恋愛はゲームみたいなものですよ。上手くクリアして、晴れてお付き合いできるのですから」 成程、一理ある。「
Takaさんはプロフィール画像と全然違う人だった。 真面目で堅物そうなイメージは同じだけれど、体型の細さが全然違う。確かに彼の顔だけれども、プロフィール画像の三倍くらいは横幅がある。巨漢と言ってもいい。 髪の毛もオイルを塗りたくっているのか、てかてかしている。もしかしたら汗や脂なのかもしれない。 全体的によく見せるために修正した、とかそういうレベルではない詐称だった。「君がMさんだよね? うわあ、想像よりずっと綺麗! 素敵な女性だ!!」「あ、ありがとうございます」 熱量凄いから本人である事は間違いない。Takaさんだ。「さあ行こう!」 肩を抱かれる勢いだったけれど、流石に初対面でそれは遠慮したのか、彼は私の一歩先を歩き出した。エスコートをしてくれているのだと思う。 今日のお店は都内に新しくできたばかりの蓮見(はすみ)リゾートホテル内にあるレストランのディナーバイキング。場所がそんなところだから、初期設定の値段は結構高額だった。 一泊十万円以上するリゾートホテルの新たな試みとして、バイキングが発足されたばかりだ。今までの蓮見リゾートはバイキング等は一切やらなかったらしいから、ちょっとした話題になった。そんなディナーだから、一人一万五千円も値段が付いている。オープン記念に近隣で配られていたチラシ持参で三千円引きにして貰えたが、それでも一人一万二千円。飲み物は別途料金になるだろう。これは高すぎる値段設定。庶民の私にはおいそれと行けない場所だ。 滅多に立ち入る事の出来ないホテルの上層階で、美しい夜景を見ながら頂く食事。全ての席がゆったりとして、窓際に位置されている。この素敵な贅沢空間に、お客様は私とTakaさん以外、他に三組ほどしか入っていなかった。盛況しているようには全く見えない。それで、全然お客の入っていない穴場だと言われてしまったのだろう。別の意味で話題を呼んでいるらしいけど。 バイキングなので好きなものを取りに行き、改めてTakaさんと対面した。サラダとブランド牛肉、生サーモン、アクアパッツァなどを白いお皿に少しずつ取ったものを置いた。彼は専用の白いお皿にめいっぱい料理を乗せ
「こんばんは、羽鳥さん」 私に挨拶をしてくれた彼は、羽鳥聖也君のお父さんだ。コックの恰好をしてマスクを着けていたが、聖也君によく似た大きな瞳が特徴的なので、すぐにわかった。 そう言えば羽鳥恵里菜さんが『うちの夫は蓮見リゾートの料理長をしている』と自慢していたっけ。「こちらにお勤めだったのですね」「はい。以前は別の店舗勤務でしたが、このホテルが新規オープンしたので呼ばれたのです。いい食材をふんだんに使っているので贅沢なバイキングですから、先生もご堪能いただけると思います。デザートも美味しいですよ」「はい、ありがとうございます」 こんなところで知り合いにあうなんて。しかもTakaさんの連れと思われるの嫌だなぁ。全部で四組しかいないから、絶対見られてるよね。「聖也がいつも清川先生を褒めていますよ。幼稚園も楽しいと言っています。これからもよろしくお願いします」「はい、こちらこそ」「清川先生にお礼が言いたくて、お食事中につい声を掛けてしまいました。申し訳ございません。ごゆっくりどうぞ」 モンペと揶揄される彼女の伴侶とは思えないくらい丁寧な人だ。レストラン勤務の料理長ともなれば、忙しいのだろう。昨今の幼稚園参観や行事参加は、夫婦揃って来ることが増えている。しかし聖也君は殆どが母親の恵里菜さんだけの参加だった。 稀に夫婦で参加する時は借りてきた猫のように大人しいことから、恵里菜さんの本性を彼が知らない可能性がある。 今度の七夕まつりは夫婦揃って参加して欲しいな。恵里菜さん、きっと大人しいだろうから。「声をかけてくださってありがとうございます。お仕事頑張って下さい」 当たり障りない言葉をチョイスし、会釈してデザートコーナーへ向かった。料理はもういいや。食べるのしんどい。 専用のコーナーには色とりどりのデザートが並んでいた。どれも生の果物を使っていて、贅沢なスイーツに仕上げたものがずらりとこの空間を彩どっている。まるで宝石のよう。 撮影可能と書いてあったので、折角だからとスマートフォンで写真に収めた。どの
翌日。Takaさんと食事へ行った結果を理世ちゃんに報告した。「無いですね」 一言ズバっと頂きました。「ありえません。画像詐称も酷いし、性格も最悪なんて。まさかの大はずれでしたね」 酷い言い草だとは思うけれど、同感だった。アプリで通じた相手でなければ、一緒に食事へ行こうという気になれない人だったから。「ブロックしちゃいましょう」 理世ちゃんは私のスマートフォンをタタタと操作し、Takaさんをあっと言う間にブロックしてしまった。躊躇は一切せず。 いいのかな…。「とりあえず残り二人いますよね。頑張ってみてダメだったら次行きましょう。私の知り合いを紹介しますから!」「ありがとう。このままアプリ続けて大丈夫かな…」「婚活アプリあるあるなので大丈夫です。本名は伝えてないでしょ? ブロックしたって先輩が誰であるとか、わかりませんから。こちらに落ち度は一切ありません。宝くじ買って、大はずれしてガッカリしちゃったようなものです。気を取り直して行きましょう!」「理世ちゃんが居てくれるから安心だよ。ほんとに助かる」「とにかく、残りのゆうたさんと玄さんが、アタリかもしれませんから」 理世ちゃんの言う通り、ゆうた君はアタリかもしれない。玄さんは正直まだよくわからない人だけれど、他愛もないやり取りは交わすような仲になった。愚痴友みたいな感じ? 今度時間が合えば、飲みに行こうという約束をしてそのままだ。 今日は特に問題も無く一日が終了した。無事に一日を終えられる喜び――この平和が何より嬉しいと感じる今、私の心は重症だと思う。本気で今年度限りで退職しようかなと思ってしまう。 聖也君は今年卒園だから、今季だけ耐えればいいかもしれないけれど、今までの自信もプライドもぶち壊される勢いでの説教は、自分の中で消化しきれなくて心の中に沈下している。それを引きずりながら来年も仕事と思うと、不安に駆られるし憂鬱になる。うまくやっていける自信がなくなってしまった。 聖也君に罪はないから、今まで通り分け隔てなく接するつもりだけれど。 羽鳥さんが怖いからと言って聖也君を贔屓にするのは違うと思うし、私は絶対そんなことはしたくない。 久々に早く帰宅できたのでゆっくりお風呂に入ろうと思い、張り切って掃除をして湯を沸かした。 沸いたばかりの湯船にとっておきの薬剤を投入した。
あおいchanというのも気が引けるので、あおいさんと呼ぶことにしている。彼女に返信していると、Love Seaの方が着信を告げた。――元気?(玄) 一言、玄さんからだった。相変わらず愛想無い。――はい、元気ですᐠ( ᐢ ᵕ ᐢ )ᐟ 玄さんはお仕事中?(M)――まあね。店が暇でしょーがない。(玄)――もうすぐ仕事で大きなイベントがあるので、それが終わったら飲みに行きますよ。再来週の週末にでも、玄さんのお店行きたいです( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )(M)――いや、俺の店はもういいよ(笑)多分この店もうヤバイ。だから違うとこ行こう。(玄)――Σ(•̀ω•́ノ)ノエッ だめですよ! ちゃんと店番しないと(ˉ ˘ ˉ; )(M)――店番(笑)ジャイ〇ンかよ(笑)(玄)――ジャイ〇ンが店番していたら、人気店になりますね!(M)――面白いこと言うなぁ。店が繁盛するなら、ジャイ〇ン雇いたいよ(笑)(玄) 玄さんって愛想無いと思っていたけれど、実はそんな事なくて短い一言が面白いなぁ。それにしても、ネコ型ロボットの国民的人気アニメなんか見ているのかな。園児の話に合わせるために、私も見ているけれど。 ホント、玄さんってどんな人なんだろう。 短いやり取りばっかりだけれど、なんとなく話も合うし、いい人なのかなーって思っちゃう。こういうのでコロっと騙されてしまうんだろうな、私みたいな単純人間は。――最近、モンペどう? 嫌がらせされてない?(玄) あ、気にしてくれているんだ。嬉しいな。 ――心配してくれてありがとうございます⸜(๑’ᵕ’๑)⸝ 今の所大丈夫です。次の週末が怖いですが( ´•д•`; )(M)――イベントでモンペとバトルするの?(玄)――違います! 実は・・・・(M) アプリの自分のプロフィールに『幼稚園教員をやっている』と既に書いているので、来週七夕まつりのイベントがあることや、当番に羽鳥さんが当たっていること、ひと悶
「眞子 いいか」 彼の吐息が私の頬をくすぐった。「ふっ…」 熱いキス。もう、これだけで溶けてしまいそう――彼の手が私の胸を包み込んだ。 あっ……思わず声が漏れる。 甘い快楽の予感に身体の芯がとろけていく。 彼の指がゆっくりと私のドレスにかけられた。 熱い……肌が触れ合うだけで感じてしまうほど、身体中が敏感になっている。 吐息、指、視線…それらすべてが私の肌に触れるたび、自分でも驚くほどの甘い声が漏れてしまう。 彼は私を抱き上げベッドに運ぶと、そのまま激しくキスをした。 なにも考えられなくなるようなキス。(どうして…こんなことに…)「眞子」 熱のこもった低い声で名前を呼ばれると、体がかっと熱くなる。 抗えない。 止められない。「君はいつも午前0時前に帰ってしまうシンデレラだ。でも、今日は帰したくない」 彼の唇が私の首筋を這い、熱い吐息が肌をくすぐる。肌にまとわりついていたドレスを丁寧に脱がせ、露わになった胸先に触れる。「んあっ…!」 情熱的な刺激に思わず悲鳴が上がる。何度か繰り返され、やがて彼は私をうつぶせに寝かせると、背中にキスの雨を降らせた。 そして……唇が背中を這う。 この人は秘密が多すぎる。 今ならまだ引き返せる。この手を払い、ひとこと「やめて」と言えば、彼は無理強いしたりしない。 ホテルの壁時計を見た。もう、針は0時を回りそう。 引き返すには遅すぎた。戻れない…。 この人とひとつになることを、私は望んでいるから――…
あおいchanというのも気が引けるので、あおいさんと呼ぶことにしている。彼女に返信していると、Love Seaの方が着信を告げた。――元気?(玄) 一言、玄さんからだった。相変わらず愛想無い。――はい、元気ですᐠ( ᐢ ᵕ ᐢ )ᐟ 玄さんはお仕事中?(M)――まあね。店が暇でしょーがない。(玄)――もうすぐ仕事で大きなイベントがあるので、それが終わったら飲みに行きますよ。再来週の週末にでも、玄さんのお店行きたいです( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )(M)――いや、俺の店はもういいよ(笑)多分この店もうヤバイ。だから違うとこ行こう。(玄)――Σ(•̀ω•́ノ)ノエッ だめですよ! ちゃんと店番しないと(ˉ ˘ ˉ; )(M)――店番(笑)ジャイ〇ンかよ(笑)(玄)――ジャイ〇ンが店番していたら、人気店になりますね!(M)――面白いこと言うなぁ。店が繁盛するなら、ジャイ〇ン雇いたいよ(笑)(玄) 玄さんって愛想無いと思っていたけれど、実はそんな事なくて短い一言が面白いなぁ。それにしても、ネコ型ロボットの国民的人気アニメなんか見ているのかな。園児の話に合わせるために、私も見ているけれど。 ホント、玄さんってどんな人なんだろう。 短いやり取りばっかりだけれど、なんとなく話も合うし、いい人なのかなーって思っちゃう。こういうのでコロっと騙されてしまうんだろうな、私みたいな単純人間は。――最近、モンペどう? 嫌がらせされてない?(玄) あ、気にしてくれているんだ。嬉しいな。 ――心配してくれてありがとうございます⸜(๑’ᵕ’๑)⸝ 今の所大丈夫です。次の週末が怖いですが( ´•д•`; )(M)――イベントでモンペとバトルするの?(玄)――違います! 実は・・・・(M) アプリの自分のプロフィールに『幼稚園教員をやっている』と既に書いているので、来週七夕まつりのイベントがあることや、当番に羽鳥さんが当たっていること、ひと悶
翌日。Takaさんと食事へ行った結果を理世ちゃんに報告した。「無いですね」 一言ズバっと頂きました。「ありえません。画像詐称も酷いし、性格も最悪なんて。まさかの大はずれでしたね」 酷い言い草だとは思うけれど、同感だった。アプリで通じた相手でなければ、一緒に食事へ行こうという気になれない人だったから。「ブロックしちゃいましょう」 理世ちゃんは私のスマートフォンをタタタと操作し、Takaさんをあっと言う間にブロックしてしまった。躊躇は一切せず。 いいのかな…。「とりあえず残り二人いますよね。頑張ってみてダメだったら次行きましょう。私の知り合いを紹介しますから!」「ありがとう。このままアプリ続けて大丈夫かな…」「婚活アプリあるあるなので大丈夫です。本名は伝えてないでしょ? ブロックしたって先輩が誰であるとか、わかりませんから。こちらに落ち度は一切ありません。宝くじ買って、大はずれしてガッカリしちゃったようなものです。気を取り直して行きましょう!」「理世ちゃんが居てくれるから安心だよ。ほんとに助かる」「とにかく、残りのゆうたさんと玄さんが、アタリかもしれませんから」 理世ちゃんの言う通り、ゆうた君はアタリかもしれない。玄さんは正直まだよくわからない人だけれど、他愛もないやり取りは交わすような仲になった。愚痴友みたいな感じ? 今度時間が合えば、飲みに行こうという約束をしてそのままだ。 今日は特に問題も無く一日が終了した。無事に一日を終えられる喜び――この平和が何より嬉しいと感じる今、私の心は重症だと思う。本気で今年度限りで退職しようかなと思ってしまう。 聖也君は今年卒園だから、今季だけ耐えればいいかもしれないけれど、今までの自信もプライドもぶち壊される勢いでの説教は、自分の中で消化しきれなくて心の中に沈下している。それを引きずりながら来年も仕事と思うと、不安に駆られるし憂鬱になる。うまくやっていける自信がなくなってしまった。 聖也君に罪はないから、今まで通り分け隔てなく接するつもりだけれど。 羽鳥さんが怖いからと言って聖也君を贔屓にするのは違うと思うし、私は絶対そんなことはしたくない。 久々に早く帰宅できたのでゆっくりお風呂に入ろうと思い、張り切って掃除をして湯を沸かした。 沸いたばかりの湯船にとっておきの薬剤を投入した。
「こんばんは、羽鳥さん」 私に挨拶をしてくれた彼は、羽鳥聖也君のお父さんだ。コックの恰好をしてマスクを着けていたが、聖也君によく似た大きな瞳が特徴的なので、すぐにわかった。 そう言えば羽鳥恵里菜さんが『うちの夫は蓮見リゾートの料理長をしている』と自慢していたっけ。「こちらにお勤めだったのですね」「はい。以前は別の店舗勤務でしたが、このホテルが新規オープンしたので呼ばれたのです。いい食材をふんだんに使っているので贅沢なバイキングですから、先生もご堪能いただけると思います。デザートも美味しいですよ」「はい、ありがとうございます」 こんなところで知り合いにあうなんて。しかもTakaさんの連れと思われるの嫌だなぁ。全部で四組しかいないから、絶対見られてるよね。「聖也がいつも清川先生を褒めていますよ。幼稚園も楽しいと言っています。これからもよろしくお願いします」「はい、こちらこそ」「清川先生にお礼が言いたくて、お食事中につい声を掛けてしまいました。申し訳ございません。ごゆっくりどうぞ」 モンペと揶揄される彼女の伴侶とは思えないくらい丁寧な人だ。レストラン勤務の料理長ともなれば、忙しいのだろう。昨今の幼稚園参観や行事参加は、夫婦揃って来ることが増えている。しかし聖也君は殆どが母親の恵里菜さんだけの参加だった。 稀に夫婦で参加する時は借りてきた猫のように大人しいことから、恵里菜さんの本性を彼が知らない可能性がある。 今度の七夕まつりは夫婦揃って参加して欲しいな。恵里菜さん、きっと大人しいだろうから。「声をかけてくださってありがとうございます。お仕事頑張って下さい」 当たり障りない言葉をチョイスし、会釈してデザートコーナーへ向かった。料理はもういいや。食べるのしんどい。 専用のコーナーには色とりどりのデザートが並んでいた。どれも生の果物を使っていて、贅沢なスイーツに仕上げたものがずらりとこの空間を彩どっている。まるで宝石のよう。 撮影可能と書いてあったので、折角だからとスマートフォンで写真に収めた。どの
Takaさんはプロフィール画像と全然違う人だった。 真面目で堅物そうなイメージは同じだけれど、体型の細さが全然違う。確かに彼の顔だけれども、プロフィール画像の三倍くらいは横幅がある。巨漢と言ってもいい。 髪の毛もオイルを塗りたくっているのか、てかてかしている。もしかしたら汗や脂なのかもしれない。 全体的によく見せるために修正した、とかそういうレベルではない詐称だった。「君がMさんだよね? うわあ、想像よりずっと綺麗! 素敵な女性だ!!」「あ、ありがとうございます」 熱量凄いから本人である事は間違いない。Takaさんだ。「さあ行こう!」 肩を抱かれる勢いだったけれど、流石に初対面でそれは遠慮したのか、彼は私の一歩先を歩き出した。エスコートをしてくれているのだと思う。 今日のお店は都内に新しくできたばかりの蓮見(はすみ)リゾートホテル内にあるレストランのディナーバイキング。場所がそんなところだから、初期設定の値段は結構高額だった。 一泊十万円以上するリゾートホテルの新たな試みとして、バイキングが発足されたばかりだ。今までの蓮見リゾートはバイキング等は一切やらなかったらしいから、ちょっとした話題になった。そんなディナーだから、一人一万五千円も値段が付いている。オープン記念に近隣で配られていたチラシ持参で三千円引きにして貰えたが、それでも一人一万二千円。飲み物は別途料金になるだろう。これは高すぎる値段設定。庶民の私にはおいそれと行けない場所だ。 滅多に立ち入る事の出来ないホテルの上層階で、美しい夜景を見ながら頂く食事。全ての席がゆったりとして、窓際に位置されている。この素敵な贅沢空間に、お客様は私とTakaさん以外、他に三組ほどしか入っていなかった。盛況しているようには全く見えない。それで、全然お客の入っていない穴場だと言われてしまったのだろう。別の意味で話題を呼んでいるらしいけど。 バイキングなので好きなものを取りに行き、改めてTakaさんと対面した。サラダとブランド牛肉、生サーモン、アクアパッツァなどを白いお皿に少しずつ取ったものを置いた。彼は専用の白いお皿にめいっぱい料理を乗せ
「それより先輩、婚活アプリでやり取りしている他の男性はどうですか? やりとり続いていますか?」「うん、。Takaさんは今度ご飯食べにいこうって約束して、来月七夕まつりが終わったら食事をしようと思っているの。玄さんは飲みに誘ってくれたから、場所を聞いて飲みに行こうかと」「へええ…!」理世ちゃんは嬉しそうだ。「眞子先輩がそんなに積極的に同時進行できるなんて、びっくりしました!」「あ、適度にやり取りしているよ。他愛もない話が多いけど。食べ歩き好きだからっていプロフィール見てくれているから、ご飯行こうってTakaさんが誘ってくれて。玄さんは丁度羽鳥さんに酷いお説教されたときに話聞いてくれたし、悪い人ばっかりじゃないのかな、普段繋がっていない分、逆に本音が言えたりするのかなって思ってる」「I.Nは論外ですけど、素性が解らないっていうのはそういう意味でも今の社会には必要なのかもしれませんね」「そうそう。理世ちゃんのお陰でI.Nさんの動向が知れたし、気を付けなきゃって改めて思った。本名はもう絶対に言わないし、相手の事をもっとちゃんと知ってから、自己紹介するようにする」「先輩…眩しいくらい純粋ですね。本当にI.Nに騙されなくて良かったです!」「そうだね。今は却ってすっぽかされて良かったなって思う。正直、犬のイベントなんか行ってもよくわからなかっただろうし、無理して相手に合わせるのはもう止める。これもいい経験だと思って次に生かすよ。理世ちゃんがいっぱいアドバイスくれるから助かってる。ありがとう」 このしっかり者の後輩のお陰で、I.Nさんのことを引きずらなくてすむ。 あのままだと、私が好みじゃなかったからだろう、とか、どこかで嫌な思いをさせてしまったんだ、とか、そういう風に自己否定につながる考えをしてしまっただろうから。「とにかく、残りの三人頑張って攻略しましょう!」「そんな…ゲームじゃないんだから」 愉快な後輩の言い方よ。「恋愛はゲームみたいなものですよ。上手くクリアして、晴れてお付き合いできるのですから」 成程、一理ある。「
「え――っ、ありえなくないですか!?」 月曜日の朝、園に着いてすぐ開口一発。理世ちゃんの文句から始まった。 それは、彼女に日曜日のこと――つまり、I.Nさんが待ち合わせに来なくてゆうた君とデートすることになったと伝えたからだ。「まさかのブッチですか。信じられないっ」 理世ちゃんがめちゃくちゃ憤慨している。「眞子先輩。ちょっとその男のプロフ、見せて頂いてもいいですか!?」「これなんだけど」 ものすごい剣幕なので、私は断れずにLove Seaアプリを開いて理世ちゃんに渡した。「あ――っ、やっぱり!」「どうしたの?」「I.Nさん、アプリ退会してます。急なブッチしたりする人ってワケアリが多いんですよ」「ワケアリ?」「ええ。例えば、奥さんや彼女がいるのに出会い目的で独身と偽ってアプリを利用して、それが伴侶にバレるパターン。それはもう、強制終了ですよ」「きょ、強制終了…」 それは、離婚や別れが待っているということね。「退会までやっているので、今回の場合は違うと思いますが、こういう人もいます。待ち合わせした女性が好みじゃ無かったら、平気でブッチしちゃうんです。あ、眞子先輩は綺麗だから、絶対大丈夫ですけど!」「そっかぁ。やっぱりアプリで素性の知らない人っていうのは、怖いんだね」 胆に銘じておこう。「すぐ退会する人って、意外に自分のSNSの方で連絡ができるようにしているから、多分連絡先突き止められると思うんですよ。ちょっと待っていて下さいね」 理世ちゃんは自分のスマートフォンを取り出し、スゴイ勢いで画面を打ち始めた。トトトト、タタタタ、と画面を高速タップする様子がすごい。一体何をしているのだろうかと、彼女が見せる百面相を近くで見守った。「先輩、I.Nさんってこの人ですか?」 やがてなにか見つけたらしく、画面を差し出して来た。「あっ! そう! この人
彼は私の容姿を知らないけれど、私は彼の容姿を知っている。ああやって手を振っていれば、きっと私が見つけてくれると思っての事だろう。「ゆうた君!」 私は彼に駆け寄り、挨拶した。「Mです、初めまして。今日は誘ってくれてありがとう」「えっ。君が、Mちゃん?」 ゆうた君が目を丸くした。「うん、そうだよ」 初対面の人と会ってお話するなんて生まれて初めての事だから、ドキドキして目線を少し伏せた。気恥ずかしくてまともに顔を見ることができない。「Mちゃん、すげー綺麗でびっくりした! ラッキーって言っていいのかな?」 笑いながらそう言ってくれたので、思わず顔を上げて見ると満面の笑みのゆうた君がいた。 プロフィール画像そのままだ。ふわふわと柔らかそうな手触りの髪の毛、くりっと大きな目、人懐っこそうな雰囲気、そのまま。偽りなく登録し、嘘をつかない正直な人なのだと思った。「じゃ、行こう!」 先ずは腹ごしらえだよね、と、連れて来てくれたのは、何とスカイツリーの近くにあるムーミンカフェだ!「可愛いー♡」 思わずハートマークを語尾に付けてしまう程、店内はムーミンで溢れていた。 入る前からお洒落な店舗外観、溢れるムーミングッズ、壁一面に描かれたムーミンの仲間たち! レイクタウンアウトレット駅でI.Nさんと待ち合わせていた時とは雲泥の差のテンションになり、笑顔が弾けた。「急いで予約したんだけど、早い時間だから空いててすんなり入れて良かったよ」 わざわざ予約してくれたんだ、と急な約束だったのに、ちゃんとエスコートしてくれようとする気持ちが嬉しかった。 現在午前十一時を少し過ぎた所だ。一時間前の悲しい気持ちから一転、ゆうた君のお陰で楽しい気持ちになった。ホント、彼に感謝!「Mちゃん何食べる?」「――あの、眞子です。Mじゃなくて、清川眞子と言います」 名前を知って欲しくてつい名乗ってしまった。…いいよね。ゆうた君、いい人だもん。「そ
瞬く間に時は過ぎ、一週間なんてあっという間に経ってしまった。今日はI.Nさんとの約束の日。埼玉県越谷市まで東京都足立区から出向く。うーん、やっぱり遠い! 電車に揺られ、予め調べておいた乗り換えアプリで最短移動手段を反芻しながら、約束の十分前にレイクタウンアウトレット駅改札口へ到着。 私の目印は、白のレースのフリルトップスに、黒基調の小花柄のロングスカート、黒のサンダル、ブラウンのリボンが付いた大きめのカゴバックだと伝えてある。見れば解ると思うんだけどな。 Love Seaアプリを開いて、到着しました、と送った。I.Nさんは黒の七分丈のテーラードジャケット、白のカットソーにベージュのパンツを合わせた服装で行くと言っていた。お洒落カジュアルな感じかな。どんな人なのか、待ち合わせの時間が刻一刻と迫る度に、ドキドキと胸が高鳴る。 初めて会う人だけれど、自撮りの写真通り素敵な人なのかな? 犬好きみたいだけれど、会話、ちゃんとついていけるかな? 幼稚園ではパンツルックが多いからあまりお洒落できないし、初対面の人と会うのだからと、今日は張り切ってタンスから洋服引っ張り出して、お洒落したけれど、変に思われないかな? 緊張しながら待つ事十五分。「あの、すみません」 きた――! 「この駅に行きたいのですが、乗り換えが解らなくて、教えて頂いてもいいですか?」 声を掛けて来たのは、初老の男性だった。まさかこの人がI.Nさん――なワケないか。乗り換え方法聞いているもんね。「はい」 見せられた地図を見て、乗り換えの為に降りる駅を教えると、どうもありがとう、と会釈された。 なんか拍子抜け。 そしてまた緊張感を持って待つ。待つ。待つ。 三十分待った。 でも、彼は現れない。 四十分。 五十分。 一時間…。 その間にLove Seaアプリで何度かメッセージを送ったけれど、返事がない。なにかあったのかな? 午前十時を過ぎたので、I.Nさん
それから暫くは平和に過ごした。羽鳥聖也君のお母さんからの攻撃も無く日々の業務に追われた。私は年長担当なので、そろそろ八月に開催されるお泊り保育の準備や内容をしっかりと落とし込みしなくてはいけない。大体テンプレートどおり大きな予定・行事は決まっているけれど、晴天の場合のメニュー、雨天の場合のメニュー、それぞれを考えておかなくてはいけないし、やることたくさん! それに加えて今月末からプール授業が始まる。全クラスのローテーションは組み終わっているから、園のプール準備をして、来月は七夕まつりがあるから、配布用の笹や飾り付け、景品の準備などをやる。 おまつりに出店するジュース・お茶などのドリンク販売の店、キャラクターのおめんを販売する店、くじ引きができる店、駄菓子等のお菓子を売る店、的当てやヨーヨー釣り等ができる露店、さくら幼稚園は色々な模擬店で子供たちを楽しませる。近隣住民の小学生も遊びに来てくれて(大体OBか通園の御兄弟が多いけど)お店の準備が結構大変だ。 そのため、年間で大きなイベント毎にお手伝いをしてくれるお母様を募集し、必ず一人一回はどこかのお手伝いを割り当てる。特に大変なのが七夕まつりと運動会。やってくれる人が少なくて、じゃんけんで負けたお母さんが当番に当たる。子供たちと一緒にお店を回ったり、運動会は子供たちの活躍を見たいものね。気持ちはわかる。 そして、来月の七夕まつりはお手伝いに羽鳥恵里菜さんが当番に当たっている。立候補ではなく、じゃんけんに負けたのだ。しぶしぶ仕方なくの当番なので、どんな文句を言われるかわからない。ああ。考えるだけで胃が痛い。 まあでも、今から来月の事を考えて憂鬱な気分にならなくてもいいかな。 今日はI.Nさんから、来週の日曜日にレイクタウンアウトレットの最寄り駅で午前九時に待ち合わせしよう、会えるのが楽しみ、とメッセージが入った。 もうすぐかぁ。いよいよI.Nさんと会うんだなぁ。 どんな人だろうと思っていると、もう一通メッセージが来た。I.Nさんではなさそうだ。このアイコンは…。――こんばんは、Mさん元気? ちょっと仕事合間に連絡してみたよー。最近食欲